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メロコアキッズ熱狂!「エンパイア」は、恵比寿系スタイルの起源だった!?

野田

今日はエンパイアについて。瀬戸は、このあたりフォローしてたでしょ

瀬戸

はい、完全にドップリでした (笑)。バックドロップボム(以下BDB)のタカさんのブランドで、いわゆる恵比寿系ど真ん中のブランドですね。郡山で発見したこのスタジャンのロゴはかなり勢いのあった頃のだと思います

遠山

そもそもBDBってどこのレーベルだっけ?

瀬戸

最初はメガフォースですね。他には山嵐、スモーガス、マイナーリーグ、宇頭巻、ジェロニモとかがいました。その後、トイズファクトリーですね

遠山

メガフォースね!確かにミクスチャー / ハードコアの登竜門的なレーベルだったもんね

野田

でしたね。けっこうその辺はよく取材させてもらってたわ

高柳

エンパイア自体はスタートから人気あったの?

瀬戸

ありましたね。スタートは97年なんですけど、BDBのタカさん自身がかなり人気あったので

遠山

エアジャム界隈だよね

瀬戸

ですね、その中心的存在でしたね。でもそのシーンって、ハイスタ中心にガーっと盛り上がってはいたけど、ファッションに関してはバンドによってマチマチだったんですよね

高柳

あー確かに。ハイスタってファッションの感じはしなかったもんね

瀬戸

そうなんですよ。その中でタカさんは音楽だけじゃなくファッション的な方面でもフォロワーが多い人だったんです

遠山

具体的にはどんなスタイルだったの?

瀬戸

ラルフローレンのオーバーサイズとか着てて、イメージとしては《あんときの》お洒落Bボーイに近かったと思います。初期の曲でDJハセベやDJワタライとコラボしてたりするので、そっち側に近かったんじゃないかなと。

あとビーニーかジェットキャップ斜め被り、軍パンの印象は強いですね。これはオーリーのスナップなんですけど、GMF解散ライブって書いてるので、98年ですね

高柳

確かにこの人、オシャレだったよね。しかも好きなお店がマンハッタン ( 服屋の方 ) なんて、完全にBボーイだね

瀬戸

そうなんですよ。他にも「THAT’S THE WAY WE UNITE」って曲のPVではTシャツの上にベスト着てたりなんで。でも一方ではバウンティーハンターのロゴものをオーバーサイズで合わせたり。当時はファッションっていうと「狭く・濃く・深く」みたいなところもあったのに、タカさんはジャンルが違うものを混ぜちゃう感じが新しかったんですよね。

音楽も重めのミクスチャーなんだけど、ジャズやレゲエやスカっぽい感じもあり、そういう混ぜ物感がカッコよかったんですよね

参照元:YouTube

高柳

シュプリームも早かった印象ある

瀬戸

そうですね。当時からよく着てましたね。エアジャム2000ではシュプリームのフットボールシャツを着てて、「あ、これOKなんだ!じゃあ俺らもシュプリーム買おうぜ」ってなってましたもん

参照元:Youtube

遠山

初期のエンパイアでモトローラのロゴを横に倒したようなグラフィックあったよね?さっきのPVでもトランシーバー持ってるシーンあったけど、モトローラとかソニースポーツってBボーイのガジェットじゃない?そういう背景があるから、こういうデザインになるわけだ

瀬戸

このTシャツですよね? これ、エンパイアの最初のTシャツなんじゃないすかね!1998年かな? 確かオーリーが初出しだったんじゃないかなと思います

参照元:Instagram

野田

スワッガーもそうだけど、この手のブランドはオーリー初出しが多いからね (笑) 。でもこの頃って、まだ恵比寿にハイトができる前だよね? 最初はどこに置いてあったの?

瀬戸

バウンティですね。Tシャツとかスタジャンとか単発で出してて、いつも即完売でした。週に何回も学校帰りにチェックしに行ってましたもん

高柳

そんなに人気だったんだね

瀬戸

ライブのチケットも全然とれなかったです。《あんとき》のバンドシーンって、スケートブランドみたいに身に付けてるもので自分の好きなカルチャーを表明できるものが少なかったんですよね。ホントにライブで売っているバンドTくらいなもんで。

で、ちょうどエンパイアがスタートした少し後にBDBとハスキングビーが「 ini 」って事務所を作って。そこから出るTシャツがディスクユニオンとかに売ってたので、ライブ行けない代わりにそれを買うみたいな (笑)

野田

ハイトが恵比寿にできたのが1999年。その頃にはフルラインナップ揃って、かなり人気だったよね?

瀬戸

ですね!マックダディーもスワッガーも、ハイトで取り扱ってるブランドは全部めちゃくちゃ人気ありました。エンパイアもスワッガーも作ってる人が前に出てたことで人気が出たけど、マックダディーは日下部さん自体はそこまで前に出てこない。でもBDBのタカさんとか、スーパーステューピッドのイチさんとか、そういうシーンのオシャレ有名人が着てたので、「あのブランドは何?」って感じでしたね

遠山

オーリーでもよくやってたもんね、このあたり

瀬戸

そうなんですよ。当時はオーリーとワープ、ファインくらいしかこういう情報がなくて。オーリーがこのあたりを取り上げるようになったのって、何がキッカケだったんですか?

遠山

俺がオーリーに入ったのが98年なんだけど、その頃はワープも創刊されてたし、スノボ、スケボー、メロコア、スカコア、ミクスチャーみたいなカルチャーがすでに盛り上がってたね。あくまで当時は、そういうムーブメントの中の1つだったんだけど、それが急激に大きくなってきて、自然とメインで取り上げるようになっていった感じだね

野田

ブランドっていうよりは、人から入るのがオーリーの編集方針でしたよね。明言されていたわけじゃないけど。あくまで服はこの人やこのカルチャーを構成する1つの要素にすぎないという

遠山

そうなんだよ。当時はみんな個人レベルで小さくやっていて、その人を紹介する中で服が出てくる。例えば、その界隈のバンドマンの私物紹介なんかをしていくと、その中にデビロックやマックダディーがある、って感じで。遠藤さんも日下部さんもエアジャム系のバンドよりちょい先輩だから、それを後輩である彼らが着てるってのは自然な流れなんだろうけどね

野田

これはどのバンドの誰のブランドとか、瀬戸もそういうのを見て覚えたわけでしょ?

瀬戸

完全にそうですね!穴が開くんじゃないかってくらい見てました

野田

でもさハイトができて恵比寿系って言葉が定着した頃には、今まで話してたスタイルとはちょっと変わったよね?

瀬戸

はい。ちょっと無機質っていうかアーバンっていうか、そんなスタイルになりますね。ドングリみたいなビーニーと、ドローコード付きのスタンドカラーのナイロンジャケット。色はグレーで蛍光色チラリ、ナイロンパンツを片足裾上げ、みたいなスタイルですね。こういう感じの人、よくいませんでした?

参照元:Youtube

高柳

いた!恵比寿系って言ったらこのイメージだもん

野田

ボクもこの時代のイメージが強い

瀬戸

このスタイルを一番最初にやり出したのがタカさんなんですよね。当然エンパイアもこんなアイテムになってたし、初期のマックダディーもこんな感じで。そうなるとファンは一斉に真似しだすワケです

野田

そうなると、その恩恵を受けようと近いテイストのブランドがどんどん近隣にお店を出すようになり、恵比寿系というシーンが形成されていく、ってことね

高柳

そして雑誌のサムライが出てくると

遠山

サムライは完全に恵比寿系を狙ってたもんね。恵比寿系ブランドがファッション色を強めていくと共にサムライもストリート「ファッション」誌として、その界隈のブランドとガッツリ組んでファッション中心の雑誌になっていったもんね。

オーリーはファッションよりも音楽やスケートといったカルチャー寄りだったから、競合とされつつもある種の住み分けはあった、つーかそうやって差別化してた

野田

ハイトってその後、2003年に原宿に移転すると思うんだけど、その頃はエンパイアも落ち着いてたんだよね?

瀬戸

はい。ある程度は。というか、このバンドブーム自体が実はかなり短命なんですよね。それに合わせてってイメージはありました。

遠山

ピークはハイスタとエアジャムなんでしょ? 97年のエアジャムでシーンが盛り上がって、そこから人がたくさん入ってきた。んで、2000年にハイスタが活動休止すると徐々に落ち着いていくと

瀬戸

ほんとにそんな感じです。それで音楽の世界に戻っていった人たちと、ファッションの世界も続けていく人たちで二分されていくんですよね

高柳

瀬戸くんと同年代のフォロワーたちはどこに流れていったの?ヒップホップとか?

瀬戸

もう嘘みたいに他ジャンルに流れていきましたね。ヒップホップやレゲエにいった人もいると思いますけど、多かったのは少し後に出てきた、いわゆる「ルード系」ですかね。

もうひとつは後期のワープがやってたようなエレクトロ系ですかね。デックスピストルズとか

遠山

俺がワープに移った頃は、ちょうどエレクトロが全盛だったね

野田

エンパイア自体は今もあるの?

瀬戸

調べたら2011年までやってたみたいですね。タカさんは今はオルフィックっていうシューズのブランドをやってますね

遠山

あ、聞いたことある。キレイめスニーカーだよね。ストリート・ラグジュアリーというか

瀬戸

そうです、そうです!アッパーがドレスシューズなんだけど、ソールがビブラムみたいなアイテムとかですね。卸してるところも東京だと伊勢丹メンズ館や1LDK、STUDIOSとかなので、しっかりファッションの世界ですね。

野田

うまく時代に合わせて変化しているんだね。《 あんとき 》ってシーンのマーケットが今より全然大きかったから、ビジネスに疎くても勢いだけでいけちゃう部分があったけど、今はビジネスとしてちゃんと確立してないと続けられないもんね。しかもちゃんとメジャーなところで勝負できているのは素晴らしいことだよね

※ 記憶が頼りでして事実と違うことがあったら、すいません!


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