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MACKDADDY|デビロック、スワッガーらと共に「恵比寿系」ムーブメントを生み出したマックダディー

《 あんときのストリート 》を発掘|MIMIC ( ミミック )
野田

今日のテーマは MACKDADDY ( マックダディ― )です。マックダディーもどこのお店を掘ってもよく出てきますよね

遠山

SWAGGER ( スワッガー )もそうだけど、それだけ取り扱い店も玉数も多かったんだろうね。

高柳

瀬戸くんはマックダディー世代だよね?

瀬戸

はい、ドンズバですね。お店もメチャクチャ行ってました

野田

そりゃマックダディーやスワッガーを取り扱っていた HEIGHT ( ハイト ) は恵比寿系の総本山とも言うべき店だもんね

瀬戸

そうですね。マックダディーは雷矢ってバンドの日下部さんがやっており、設立当初からハードコア、メロコア界隈で人気だったブランドですね

高柳

何がきっかけでマックダディーを知ったの?

瀬戸

僕は BACK DROP BOMB ( バックドロップボム ) のタカさんや SUPER STUPID ( スーパーステューピッド ) のイチさん、BRAHMAN ( ブラフマン ) のトシロウさんなどが、ライブや雑誌で着ているのを見て、って感じです。

でも当時はインターネットもあまりなかったので、その界隈のバンドの情報を得られるものが少なくて。だから雑誌で言えばそれこそ Ollie ( オーリー ) や WARP ( ワープ ) にその辺の記事が多かったので、めっちゃ読んでましたね。まさにこのオーリー ( 1999年1月号 ) とか

遠山

でも当時の記事はアーティストの私物紹介なんつー企画がほとんどだから、クレジットがないものも多いんだよね

瀬戸

そうなんですよ!なので、そういった掲載記事とかライブレポートの小さいスナップまで擦りきれるほど見て「このスウェットってどこのだろ?」ってブランド名だけ覚える → それでクレジットつきで掲載している他の記事を見つけたらすぐにお店に行く → でもその時にはもう売り切れ。みたいなのをずっとやってましたね

高柳

昔のスケーターがスケートビデオを見てやってたのと同じようなことを、瀬戸くんの世代でもやってたんだね (笑)

野田

ブランドはいつからスタートしたんだっけ?

瀬戸

正確には1997年みたいですね。初期はこんな感じで、在り物のボディに刺繍やプリントのアイテムを出してました

画像引用:メルカリ

遠山

そうそう、こういう感じだった!

はじめは確か BOUNTY HUNTER ( バウンティハンター ) に置いてあったんじゃないかな?

瀬戸

はい。しかも置いてあるというよりは不定期にアイテムが単発で出るっていう程度でした。しかもすぐに売り切れるっていう

高柳

その頃からそんなに人気があったの?

瀬戸

玉数が少ないってこともありましたが人気でしたね。やっぱりタカさん、イチさん、トシロウさんがよく着ていたのは大きかったと思います。バンド界隈のファッション的には当時はその3人が御三家で、彼らのフォロワーは多かったと思います。僕もまさにその一人でした。

それこそこういう感じで雑誌に出ていて、そこで着ているものがどこで売っているのかをみんなで探す、みたいな感じでした

野田

この写真見る限り、バウンティーって感じじゃないんだけどね (笑)

瀬戸

当時はタカさんがバウンティーをオーバーサイズで着ていて、その影響でそういうスタイルのキッズが増えたんですよね。だから元々バウンティーのお客さんじゃないような人が次から次へとお店に来て、さっと店内見てTシャツなかったら帰るみたいな感じでした。既出ですがこんな感じです

遠山

お店側からしたら「ほかも見てけよ!」ってなもんだと思うよ ( 笑 )

瀬戸

そうなんですよ。また店員さんもそういうやつらのことを空気かのように扱うんですよね ( 笑 )。お店に入って挨拶もしてもらえなければ、顔すらも上げてもらえない ( 笑 )。

でも週に2回も3回も行ったりしてると、ちょっと挨拶してくれるようになって、そのうちちょっとずつ情報を教えてくれるようになったんです。「今週か来週にマックダディーのTシャツ1型入るっぽいよ」みたいな。その言葉を信じてまた礼拝を続けるみたいな

高柳

はじめにバウンティーハンターで置いてたブランドって多いよね。それこそ EMPIRE ( エンパイア ) もそうじゃなかった?

瀬戸

そうです!僕は見てないですけど、確か DEVILOCK ( デビロック ) もそうだったかと思います。その少し後は Revolver ( リボルバー ) もお店ができる前はバウンティーに置いてありました。先ほどの御三家はみんなその辺りのブランドはよく着てましたね

遠山

デビロックの回でも話が少し出たけど、そう考えるとその辺りのバンド → ストリートファッションの流れの源流はやっぱりロンドンナイトなんだろうね。大貫さんとヒカルさんからの、ココバットの坂本(タケシット)さんがいて、その下くらいがデビロック/GMFの遠藤さんやその御三家のメンバーとかくらいなのかな?

一見ジャンルが少し違っても、みんなロンナイを通っていたんじゃないかな

野田

1999年、恵比寿にハイトがオープンしたときには、すでに大人気だったもんね

瀬戸

はい。マックダディー、エンパイア、スワッガーがフルに揃うお店だったので当然人気になりますよね。ハイトのオープンを境にプリント系のアイテムしかなかったところが、フルライナップで出るようになります

野田

ここから「恵比寿系」が生まれてくると。あのナイロンスタイルもこの頃だもんね

瀬戸

そうですね。それまではチャンピオンのスウェットにカーゴパンツやショーツ、みたいな少し西海岸のヨコ乗り系に近いスタイルだったんですが、ここから急にいわゆる恵比寿系のスタイルに変わっていきます

高柳

恵比寿系のキーアイテムを挙げるとしたらどんなものになるのかな?

瀬戸

スタンドカラーのナイロンジャケット、スタンドカラーのスウェット、ジェットキャップ or 浅めのビーニー、デカリュック or 腰下げミニバッグ、ドローコード付きパンツ、とかでしょうか

野田

リップストップのナイロンジャケットにビーニー、ドローコードで裾上げね (笑)

瀬戸

はい、ご多聞に漏れず僕も着てました (笑)

遠山

そのスタイルっていうのはマックダディーが作ったスタイルなの?

瀬戸

個人的に、スタイル自体はエンパイアをやってたタカさんだと思うんですよ。元々バンドもミクスチャーで、さっきのスナップもそうですけど、ヒップホップの要素を混ぜたところがあるんですよね。それで当時ヒップホップ界隈ではプラダスポーツやY-3、RLXみたいなスポーツミックスのハイストリートみたいなスタイルが流行ってたんですよね。B-BOYだとそこに黄色とかオレンジを入れるたりするんですが、そこに差し色とかは入れずにグレーとかのモノトーンを中心にコーディネートするっていうのがタカさんの特徴で。

そこが元でナイロンジャケットとか、ドローコードのパンツで片足まくりとか、そういうディテールが定番化していって「恵比寿系」ってスタイルとして認知されていったと思います。こちらも既出ですがこんな感じです。

野田

でもなんで恵比寿系って言うとマックダディーの方がイメージあるのかね?

瀬戸

スタイルのオリジネイターはタカさんでも洋服自体はマックダディーを着ている人の方が多かったからだと思います。典型的な恵比寿スタイルに忠実、奇をてらわないシンプルなデザインで型数が多い、というところで人気に火が付いたんだと思います。

なので恵比寿系は元々はハイトのスタイルで、そこに他のブランドが追従して近くにお店ができたりして、洋服の系統ができてきたというような印象です。さらに元々その辺りあった音楽シーンに近いブランドもまとめて恵比寿系って言われるようになったのだと思います

高柳

改めて当時の恵比寿系って言うとどんなブランドになるの?

瀬戸

ハイトのマックダディー、エンパイア、スワッガー、GMF遠藤さんのデビロック、サム岡田さんの ALMIGHTY ( オールマイティ )、バンドじゃないけどストーミー田原さんの MOB STYLE ( モブスタイル )あたりが筆頭です。

あとは古谷エイジさんの GARNI ( ガルニ )、ナオヒロックさんの Bivouac ( ビバーク )、アメイズというお店にあったスケーターの旭健さんの Community ( コミュニティ ) と STAY UP LATE ( ステイアップレイト )、あとは SCANNER ( スキャナー) も界隈のブランドでしょうか?

野田

AG ( エージ- ) や BOOTLEG BOOTH ( ブートレグブース )も一緒になってサムライあたりに取り上げられて、その界隈の雰囲気だったよね

高柳

確かにそうですね。この頃がストリートブーム全盛だったんでしょうね。だいたい2000年くらい?

瀬戸

はい、ファッションとしては2000年~2002年くらいでしょうか。僕なんかも含めこのシーンに90年代後期に熱狂していたのがアーリーアダプターだとしたら、2002年にはレイトマジョリティーくらいまで到達し始めているような印象でした

遠山

オレとかからすると96~98年くらいが一番熱があった感じがしたけどね。シーンが盛り上がってくる高揚感みたいなのが伝わってくるというか。音楽とファッションが密接にクロスオーバーしている様が一般層にジワジワ広がっていく、みたいな。そもそも当時のオーリーはそこがメインテーマでもあったわけだし

瀬戸

はい、そんな感度の高い先輩たちのブレイク前夜の感じに憧れて青春時にずっぽりハマっていったのが僕らの世代です。エアジャム97、98で完全にシーンが温まって、そこにリンクするファッションも確立され始めて、どんどんすごいことになるぞ、っていうタイミングからの、エアジャム2000でハイスタ活動休止です (泣)

野田

やっぱりハイスタは切っても切り離せないのね、このシーンのブランドには

瀬戸

マックダディーも2000年くらいまでは恵比寿系の始祖としてバンドシーン周辺のキッズが主なフォロワーだったんですが、2000年くらいからは徐々に音楽色を弱め、サムライなどへの雑誌露出を中心としたシンプルにストリート系ファッションブランドとしてのポジションにシフトしていきます

遠山

そうだね。ハイスタの活動休止を境に、いわゆるエアジャム系の勢いが落ち着いちゃったよね。多分メンバーの年齢やキャリアみたいなところもあって、そこを境に各バンドの音楽性も色んな方向に多様化していったところもあるしね。その辺りのバンドマンがやってたブランドもその後は様々だったよね

瀬戸

そうなんですよ。ブランドビジュアルの広告塔も担っていたバンドマンは、音楽活動と完全に切り離して服作りするようになったのもこの頃からだったと思います。マックダディーとデビロックに関しても、裏方のディレクターっていう見せ方が奏功して、そのままスムーズに軸足をファッションにピボットしていったイメージです

野田

デビロックの回でもこの話題でたよね。ちゃんと時代に合わせて変化していく柔軟性を持ち合わせているというか

Devilock|恵比寿系の草分けとして《 あんとき》のメロコアシーンを代表するブランドだったデビロック

瀬戸

はい。また2000年以降、それらのブランドはサムライマガジンと相互補完する形で、元のバンドカルチャー色を希釈して、純粋にファッション色を強めた形でストリートファッションをブーム化していくんですよね

遠山

サムライ創刊の当時はカルチャーとリンクしたスタイルっていう切り口ではワープとオーリーが既にあったからね。扱うものは同じでも、サムライはファッショントレンドとしてのストリートにフォーカスするって感じだったしね

瀬戸

はい。そして確かにストリートファッションを一般層にまで押し広げたのは間違いなくサムライの功績が大きくて。でもその時期は、シーンの核がなくなってもなぜか規模が縮まず、むしろ急速に拡大しているので、不思議な感じがしたのを覚えてます

tooyama

その感覚は分かる。それが良いとか悪いとかではなく、俺らが言ってる《 あんとき 》が終わる瞬間だよね

高柳

瀬戸くんはその辺りをいつまで追っかけてたの?

瀬戸

マックダディーに関しては熱心に追いかけていたのはやっぱり2000年くらいまでですね。ハイスタの2000年問題以降は自分が標榜したかったシーン自体がなくなってきたので、そこから先はただのストリートファッション好きとして、気になる洋服があれば買うみたいな感じでした。

でもファッションとしては2000年から2002年くらいまでが一番熱があったと思いますよ。ストリートファッションシーンも確立され出す頃で、洋服としてはブランド開始当初とは次元の違うクオリティーになってきていました。人気があった証拠に、当時マックダディーやエンパイアの初期もののTシャツとか、ヤフオクや委託屋で定価の2~3倍くらいの値段がついてましたよ

野田

ボクが MAD FOOT!( マッドフット! ) に入ったのが2003年だけど、まだまだマックダディーの人気は凄かったしね。数多くの別注モデルを作らせてもらったけど、他のブランドよりも発注数も多くて。事務所も一棟丸々で地下にバーカウンターがあったりで「めっちゃ人気あるなぁ」って印象だった。

でもこの頃には出自となる音楽シーンはピークを過ぎていたわけだから、その山とファッションの山がずれてるのが面白かったな

瀬戸

そうなんですよ。音楽側のピークが過ぎてもファッションシーンとしてはしっかり広がっていくんですよね。むしろその頃の方が広く人気があったと思います。こうやってリユースショップを掘っていても、出てくるのは供給がいき渡る2003年以降のアイテムが多いです

高柳

その頃になるとどんなスタイルになってるの?

瀬戸

当初よりもっと色数も増えたポップなスタイルになってきますね。あとはストリートの中でもドゥーラグ巻いたり、NBAのレプリカジャージを着たりみたいなB系のファッションが強くなってきた時期で、そっちのカルチャーに寄ったアイテムが増えてきます

画像引用:メルカリ

野田

この頃ってダンスホールのブームがあり、マックダディーがレゲエに傾倒していた時期だよね。スタッフにキヌさんやBINGOくんもいたので実際サウンドもやっていて、それこそ2002年10月号に MASTERPIECE ( マスターピース ) の特集でやった「 アウトロウズバイブル – サウンドガイド – 」というコーナーがあり、全国のサウンドを紹介していくページがあるんだけど、そこにマックダディーも載ってるしね。

あとは原宿の famouz ( フェイマス ) の跡地に移転したのもこの時期だよね。ハイトまでスニーカーを取りに行くことが多かったんだけど、お店には BINGOくんとか SIG ちゃんがいて。事務所にはキヌさんやバティさんがいて。マッドフット!時代の憩いの場だったなぁ (笑)

瀬戸

毎週のようにお店に人が並んでいたのはもっと前ですが、規模としてはこの頃の方が遥かに大きいと思います。ただその後はストリートブームが落ち着くにつれて人気も落ち着いていったようですね

高柳

そうなんだね。ブランドはもうないのかな?

瀬戸

はい。ただ恵比寿系と呼ばれたブランドとしてはその後もかなり長く続いて、一昨年にブランドが終了したようです。ブランドの終盤は店舗はなくオンラインのみでの販売でしたが、原点回帰なのかパンクバンドとの関係を濃くし、音楽色の強いブランドとして、フェスの物販などにも出店したりしていました。

現在、日下部さんはKYRA ( キラ )というバッグやブレスレット、プリント系のウェア類を中心としたブランドをやっているみたいですね。

https://kyra.jp/

最近では元スワッガーのヒデボウイさんのブランド、KAKOI ( カコイ )と一緒に合同展示会をやっていたようです。

引用:Instagram

ブートレグブースも復活するという噂もあったりするので、この辺りの動きを追ってみるっていうのも面白いかもしれませんね!