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恵比寿系の草分けとして《 あんとき》のメロコアシーンを代表するブランドだった Devilock

タイトル画像:KEEDAN mag

野田

今回取り上げるのはデビロック。恵比寿系ブランドの元祖だね

瀬戸

はい。元々、GMFっていう当時のNY系ハードコアバンドのボーカルだった遠藤さんが立ち上げたブランドです。グラフィックのTシャツに短パン、パーカ、キャップで少しルーズなスタイルっていう、当時のメロコアキッズ真っ盛りなスタイルが最初ですね。

本格的なメロコアブームって1997~1998年のハイスタから火がついたイメージですが、GMFはそれよりちょっと先輩のバンドっていうイメージですね。

またブランドの立ち上げも94年なので、バンド系ブランドの中ではひと際早い段階からあったことになりますね

遠山

ブランド名ってやっぱミスフィッツのデビロックヘアからなんだろうから完全にバンド界隈のブランドとしてのスタートだよね。スタッフもバンド関係の人とかいたし。

タイミングとしてもたしかにこの界隈のブランドの中でも早かったね。ショップは最初、恵比寿の小さなビルの1室でやってんだよなぁ。《あんとき》の恵比寿つったら、ミックとネバーランドと…モンスタージャパンとか (笑)?

原宿とか渋谷みたいな賑やかさはなかったね

瀬戸

ですよね。バンド界隈で着られてる国内ブランドっていうのも、他になかったと思います。なので、シーンが盛り上がってくるころにはファッション的にもイケてるバンドマンは既にかなりの確率でデビロックを着てましたね。例えば、バックドロップボムのタカ、ブラフマンのトシロウ、スーパーステューピッドのイチ、ハスキングビーのレオナとか。

それを見たフォロワーのパンクキッズはみんな「これ欲しい!」みたいな

野田

ちなみにお店のオープンは、1995年11月11日で仏滅だったんだけど、いずれすべてを大安に変えるという意味も込めてこの日をオープンの日に選んだという

瀬戸

そうなんすね (笑)

もちろん当時はネットもほぼないので、情報源はワープとオーリー、イートマガジン、あとは音楽誌とかディスクユニオンのフリーペーパーとかをチェックして食い入るように見てました

遠山

そうだね。もうちょっと言うとそのあたりは、ワープもオーリーもできるもう少し前から、ワープを立ち上げた大野さんが編集長だったファインで扱ってたんだよね。

ココバットのファーストEP、ココバットクランチが92年で、それくらいからちょっとずつ盛り上がってきて。そういったムーブメントにがっつりフォーカスして96年にスタートしたのがワープなんだろうね

野田

デビロックのブランド自体が火が付くきっかけって、具体的にはなんだったのかね?

瀬戸

ハイスタ起点になるバンドシーンの大ブレイクは大前提なんですけど、ブランドとしてはやっぱりデビロックナイトですかね。

初期はコークヘッドヒップスターズ、バックドロップボム、ブラフマン、スーパーステューピッドと、《 あんとき 》のスターバンドが勢ぞろい。その辺が好きな人にとっては、見たいバンドが勢揃いしてるイベントになるので、当然ですがチケットも全然とれなかったです。

初期は恵比寿ミルクに始まり、その後も定期的やってるんですが回を追うごとにやる箱も大きくなっていって、最終的には幕張メッセですからね

野田

格闘技イベントもやってたよね?

瀬戸

ですね。修斗のイベントとコラボしたり、他業種も巻き込んでムーブメントを作っていった印象です。

修斗のオフィシャルグッズサプライヤーのインスピリットっていうブランドがあるんですけど、当時は遠藤さんがそのブランドのプロデュースをしてましたね

遠山

グラップルとかともよくコラボしてたよね。お店でも取り扱ってたんじゃない?

瀬戸

してました!それこそ佐藤ルミナの入場曲にココバットの「TSUKIOOKAMI」が使われてて、そのシャツをグラップルが作ってたりしたので、修斗とバンド回りはその時から密接に繋がってたんでしょうね

野田

デビロックといえば、セブンスターズも外せない存在だよね

高柳

ですね

瀬戸

ロゴ、デビロックナイトのイベントグラフィックなどは全部セブンスターズデザインですね。さっき言ってたココバットの「TSUKIOOKAMI」もそうです。

さらに言えば、この後にリボルバーが同じ界隈のブランドを集めてリボルバーフレイバーってイベントをやるんですが、それも全部セブンスターズがグラフィックを手掛けてましたね

野田

きっとそのやり方が勝ちパターン化してたんだろうね。スワッガーの記事でも少しあったけど恵比寿系やこの界隈のムーブメントって、やっぱりその前にあった裏原ブームと地続きなんだよね。

セブンスターズにロゴを作ってもらってTシャツにする手法はもちろんだし、格闘技とのコラボとか、デビロックのアートイベントであるVISUALLのようなアートイベントだったり、その辺ってエイプもやってたもんね。実際、2000年過ぎくらいから遠藤さんってNIGOさんとよく雑誌に出てたよね

遠山

大貫さんやバウンティーハンターのヒカルさんにも可愛がってもらってたみたいだし、《 あんとき 》のバンド界隈ってロンナイに通ってた人が結構多いから、そこから先に出ている裏原系ブランドの背中を見てるのはごく自然なことなのかもね

瀬戸

GMFって和製バイオハザードなんて言われてたしココバットはスラッシュパンクなんで、どっちもアメリカのバンドの音なのに、つながりはロンドンナイトっていうのも面白いすね

遠山

でもロンドンナイトは名前こそ「ロンドン」だけど、新旧問わずのカッコいい音楽を聴けるっていうのが大前提だから、お客さんもジャンルレスでいろんな人が集まってきてたんじゃないかな。

ツバキハウスとかピテカントロプスとかでヴィヴィアンやセディショナリーズ着て遊ぶ感じの人もいたし。ヒロシさんはそのあたりの人じゃん。

そこからもう少しすると徐々にアメリカのカルチャーも混ざりだすんだよね。T19の大瀧さんがベニスビーチから帰ってきて、ドッグタウンとかのスケートカルチャーをクラブシーンに持ち込んだり

野田

メジャーフォースやタイニーパンクスとか

遠山

そうそう。ロンドンの次はNYに行って帰ってきたヒロシさんが、ヒップホップとかの東海岸カルチャーを持ち返ってくるんだよね。そうなってくると今度は東海岸のバンド系の音も入ってくる

野田

そのNY行きもマルコム (・マクラーレン ) の手引きという、いやはやスゴイ

高柳

そう考えると、思春期に英米問わないカルチャーの洗礼を受けた人たちが、その後に東京のストリートシーンを作っていくんですね

遠山

そうだね。GMFなんかはヒロシさんよりずっと後だけど、そこから続いてるカルチャーだとは言えるね

瀬戸

その系譜で言うと元ゾゾの前澤さんは、さらにそのもう一つ下の系譜ってことになりますよね。前澤さんが在籍してたバンド、スウィッチスタイルはそれこそGMFやココバット直系でスラッシュ/ハードコアでしたもんね。

その流れからこの辺のジャンルの輸入盤CDを取り扱う通販サイトとしてゾゾが始まったんですもんね

野田

そうだね。最初はパンク / ハードコア / メタルとかの輸入盤の通販からスタートして。そのあと徐々にバンド関連のグッズを売り出してファッション通販に舵を切ると

遠山

最初のスタートトゥデイって名前自体、ゴリビスの曲そのまんまだしね

野田

最初は商品を買い取ってくれてたんだけど、当時のストリートブランドは「ネットで服売るなんてカッコ悪い」っていう風潮がゴリゴリにあったので、なかなか入ってくれるブランドがなかったんだよね。そんな中で手をあげたのがデビロックという

高柳

《 あんとき 》ってまだネットで洋服買うって時代じゃないじゃないですもんね

野田

そそ。だからバンドの先輩後輩つながりだよね。そこが呼び水になって徐々にバンド系ブランドや恵比寿系のブランドが増えていった。

ゾゾの中でデビロックって特別扱いされることが多かったんだけど、それはそういう経緯があるからなんだろうね

遠山

そのあたりはみんな繋がってたからね。クルゼはその後マッドフット!にいた時はゾゾにも出してた?

野田

出してましたね。マッドフット!はチャプターの本明さんとヘックの真柄さんがバックアップして今井さんがスタートさせたブランドなので、立ち位置としては原宿なんですよね。

でも一方でガスボーイズの流れから、恵比寿界隈とも繋がっているのでマックダディのハイトでも取り扱ってもらってたんです。で、マックダディの人たちから「イープローズ ( =当時ゾゾがやっていたウェブ上のセレクトショップの名前 ) はめっちゃ売るよ」って聞いていて。

原宿界隈のネット進出は恵比寿系に出遅れていたんだけど、そんな繋がりからマッドフット!がイープローズに入って、その後にヘックなどがスタートしていくんですよね。

その時はイープローズ初代店長の前原さんと「このブランドを出すにはこのブランド出しておかないとね」みたいな話をした記憶があります (笑)。雑誌でブランド開拓するときと同じ感覚で

瀬戸

やっぱ当時を現場で過ごしてた人はすごいっすわ。。。

でもデビロックのピークっていつなんですかね? ワープ、オーリーあたりで火が付いたのは間違いないと思うんですけど、サムライが出てきたあたりからは、そっちでの露出に寄っていく感じでしたよね?

遠山

当時は俺がオーリーの編集長やってたんだけど、シーンが大きくなってきてからは各雑誌が得意とするところが細分化されたよね。

ワープはワールドワイドな視点からの東京カルチャー路線だし、オーリーはスケートやバンド、ヒップホップ、アートの現場に寄ったし、サムライは恵比寿系を中心としたストリート系のファッションに特化してた。だから恵比寿系とされるブランドはサムライにがっちり出てたよね

野田

僕もデビロックってサムライと組んで色んな企画やってたイメージあるなぁ。このグランドマスターなんて正にそうじゃない? 2004年にデビロックが中心となったプロジェクトで、その界隈での錚々たるメンツだよね?

デビロックナイトや修斗と組んだり、こういう企画が得意なんだろうね

瀬戸

デビロック、マックダディ、スワッガー、ガルニ、AG、モブスタイル。確かに錚々たるメンツですね。

けど、印象としてこの頃になると《 あんときのストリート 》も大分落ち着いてきた感じですよね?

野田

ブランドの終了、じゃなくて「解散」が2011年だから、このあとも息長くブランドは続くんだけどね。TV番組とかもやったよね、確か

瀬戸

ありましたね!もう当時はがっちりマスメディアやエンタメ業界とかも繋がっていってるんですね

野田

メロコアとかのブームとともにあっという間にピークを迎えるんだけど、その後、音楽のブームが去っても純粋なファッションビジネスとしては続いていくんだよね

遠山

そうなんだよ。オーリーはカルチャーとのリンクを重要視してたから途中から方向性がちょっと合わなくなってきたけど、サムライはファッション寄りだったので、その後もずっとやってたもんな

高柳

サムライが廃刊になったのが2014年なので、単純なファッションとしてのストリートブームもそこで終わったと見ていいんでしょうね

野田

単純なファッションとしてのストリートブームと、僕たちが好きだった《 あんときのストリート 》ってのは結構乖離があるってことだよね。

初期衝動じゃないけど、荒削りだけど勢いがあった《 あんとき 》と、経験を積んで物のクオリティも上がったけど背景が薄くなった後期、そんなイメージ

瀬戸

やべ、おれ《 あんときのストリート 》の認識、あやしいかもしんないっす

遠山

お前はゴリビスのファーストから出直してこい!

瀬戸

すみまっせん。。

※ 記憶が頼りでして事実と違うことがあったら、すいません!