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Supreme|気取らないユルさが心地良い《 あんときのシュプリーム 》

《 あんときのストリート 》を発掘|MIMIC ( ミミック )

どうも!野田(@KURUZE)です。お買い物してますか?今日のミミックでは趣向を変えて、ブログ形式でお送りします。テーマはこちら。

参考記事
1994年にオープンした Supreme の初代旗艦店が閉店

野田

いつかミミックでも Supreme ( シュプリーム ) について書こうと思ってたけど、そもそもシュプリーム自体にネタがありすぎて、どれから手をつけたらいいやらで後回しになってたところに今回のニュース。さすがに「これだけは見過ごせない!」ってことで、ラファイエットストリートにあるシュプリームの旗艦店にいったときのお話です。時は、いまから20年前以上前に遡ります ( タイトル画像は2015年に撮影 )。

ボクが初めてシュプリームを知ったのは STORMY  ( ストーミー ) で、まだ代官山のお店がなく代理店も DIDE & DICE ( ダイス・アンド・ダイス ) の時代でした。当時の記憶としては元 UNION ( ユニオン ) と「ロゴがカッコいい」という印象で、このイメージも当然のことながら裏原界隈の方々の受け売り。それくらい先人たちのリコメンドは強力だったし、なにより「元ユニオン」の肩書きたるや《 あんときのストリート 》を過ごした方々には、その猛威をご理解いただけると思います。

やがて地元の埼玉県に界隈のアイテムを取り扱う「ア・トップ」というショップがオープン。大宮の大栄橋の近くにあり、そこではモダンアミューズメントや2600、他にもサキャスティック ( 当時はサーカスティックって呼んでた ) をセレクトしてて、元 STUSSY ( ステューシー) 、元 ユニオン、元 X-LARGE ( エクストラ・ラージ ) など、「元」のオンパレードだった記憶があります。その中にシュプリームもありました。

この頃は「毎日ボックスロゴを着る」という意味不明なタスクを自分に課していた時期だったので、コーラモチーフとか、バーバリーモチーフとか、ボックスロゴが出るたびにパターン違いや色違いを買い漁っていました。というのも、それまではエイプが1番好きなブランドだったけど、この頃のエイプはすっかりオーバーグラウンドな存在となり「キムタク意識してる」と思われたくない一心で、ボクの興味はエイプからシュプリームに向かうようになっていたのです。

画像引用:Kopbox

そして98年には代官山にお店がオープン。80年代後半から90年代初頭の《 あんときのストリート 》前夜はロンドンを向いていたストリートも、この頃には完全にニューヨークが中心。さらには少し前に公開されレンタルも開始していた映画『キッズ』の影響もありニューヨークに行きたい熱がムンムンの最中にこの決定打。「本場を見ておかなきゃいかん!」ということで、野田大介 21歳の冬、一路ニューヨークに旅立つこととなります。

雑誌や映画のような光景が広がる 《 あんときのシュプリーム 》

海外旅行の経験はそれまでもあったのですが、やはりニューヨークは別格。終始テンションあがりまくりで、着いたのは深夜ながらも速攻でデリへ赴き買い出しを完了。「お酒を紙袋で隠して飲みながら街をブラつく」というキャスパーごっこを済ませます。

そして翌日、いよいよシュプリームへ。マンハッタンながらお店まではかなりの距離があるホテルだったけど、初ニューヨークでテンションMAXなだけに徒歩で向かうことに。パークアベニューをひたすら南へ進みユニオンスクエアを過ぎて、遂にラファイエットストリートの看板とご対面。いや〜、これには感動しましたよ。ただの通りの名前のはずだけど《 あんときのストリート 》を過ごしたボクらには、特別な響きの Lafayette Street 。記念撮影を済ませます。

この写真は2015年に撮影

やがて通りの右側に赤い旗が見えてきます。店の前につくと左側にスケートビデオが流れているモニタが6発。外観は雑誌でみたまんま。中に入ると左奥がレジで、手前には当時リリースされたばかりの BROOKLYN MACHINE WORKS ( ブルックリン・マシン・ワークス )  とシュプリームコラボのBMXが壁にかかっている。右側はデッキと洋服がかかっており「こっちでは普通のスケートショップなんだなぁ」というのが率直な感想。試着すらハードルが高かった《 あんとき》の裏原ショップの緊張感は微塵も感じられなかった。

店内では、ジオバーニと誰かがくっちゃべってる。商品はシュプリームもあるけど、どっちかというと他のスケートブランドが中心で「そんな気合い入れんなよ。こっちじゃそんな特別なブランドじゃねぇんだよ」と言われたような感覚になったのを覚えてる。でもそれが逆にカッコよくて、地元スケーターに根付いたショップであることを感じ取れた。

ちなみに商品はというと、Tシャツこそ日本とラインナップは変わらなかったけど洋服は明らかに少ない。有りボディにタグを付けたような簡素なアイテムは置いてあるけど、ちゃんと作り込まれたものは見かけなかった。当時は日本企画ものがあったのかな? でもその適当な感じがスケートショップっぽくてよかったんだけどね。

ボクが買ったものはシャツを2枚、そしてTシャツを9枚買います。内訳としては白ボディに赤ボックスを3枚。宇宙服のプリントTの黒と白。あとはバーバラ・クルーガーが元ネタの手のTシャツの黒と白。三角コーンのプリントTの黒と白。あとはネックストラップを10本くらい。実は行ったタイミングが冬のセール中で当時の日本のお店と比べても考えられないくらい安く、Tシャツ1枚のお値段が15ドルくらいだったと思うんだよね。あのボックスTですらそんな値段だったので、クラスメイトのお土産がボックスTという今じゃ考えられないくらいの大盤振る舞い。そんなとこからも「普通のスケートショップ」という感覚を持ったのを覚えています。

  

画像引用:フォーサイト・メルカリ

そうこうしてるうちにブルックリン・マシン・ワークスに乗ってお店に来たのは、なんとハロルドハンター!日本には15台程度しか入ってきていない幻のBMXにサラッと乗って登場。ジオバーニやハロルドハンターがいて、ボクがいる、しかも場所はラファイエットストリートのシュプリーム。そんなシーンがあるわけじゃないけど、まるで自分がキッズの登場人物になったかのような感覚で、まさに「マジかよ…」( ©︎ キャスパー ) 状態。

ちなみにこの時の経験を卒業制作としてまとめ、面接時に提出したことでオーリー編集部に採用されるというターニングポイントとなる旅でもありました (笑)。