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NITRO MICROPHONE UNDERGROUND|祝・再始動! ニトロマイクロフォン・アンダーグラウンド の足元を飾った別注 AIR FORCE 1 ( エア・フォースワン )

《 あんときのストリート 》を発掘|MIMIC ( ミミック )
野田

これは NITRO MICROPHONE UNDERGROUND ( ニトロマイクロフォン・アンダーグラウンド ) の FORCE 1 ( フォースワン ) ミッドカットで、1999年から2009年のベストアルバムを発売したときのモデルですね。

アルバムのジャケにもフォースワンのロゴが入ってたし、中にステッカーも入ってたし

遠山

NIKE ( ナイキ ) 、フォースワン、ニトロ…こりゃ世代的にもクルゼ( 野田 )だな

野田

ですね。 2枚組のベストアルバムの発売に合わせてこれもシュータンのタグに1999-2009って入っていて、アルバムのジャケットと同じセメントパターンの黒金になっていてインソールにニトロのロゴが入っている。

このアルバムの1曲目「 LIVE09 」のビデオクリップでこのフォースワンをみんなが履いていて。あの駆け上がるようなリフがめちゃくちゃカッコよかったなぁ〜

瀬戸

なんか一番ニトロっぽい色すよね。このセメントパターンって、すごいニトロっぽいイメージあります。あと黒金。この前に DELTA FORCE ( デルタフォース ) も出てたけど、これが一番ニトロっぽいすよね


画像引用:SKIT

野田

2ndアルバムのときだよね。あれもCDのケースがナイキの箱をデザインしたものになってたもんね

世界をリードしていた
《 あんときのスニーカーシーン 》

遠山

リリースにあわせてナイキで別注とか、今じゃなかなかできないよね?

野田

いや、無理ですよ。何人かはいるけど、それを日本人でやってたってのがスゴいなって。

2000年前後からスニーカーは日本が断然世界をリードしてましたよね。日本手動によるダンクの復刻を皮切りに、co.jp みたいな日本規格もあったし、( 藤原 ) ヒロシさんとNIKE のお偉いさん2人の三人で組んだHTM、HECTIC ( ヘクティック ) が運営していたフォースワンの25周年ショップ「 ワンラブ 」とか。

今考えると、ものすごいことがそこかしこで起きていた

遠山

ヒップホップ = ナイキって感じもあるし、この時なんてストリート = ヒップホップみたいなとこもあったもんね

野田

ですね。MAD FOOT! ( マッドフット!) の MAD DAAAM1 ( マッド・ダームワン ) でもニトロ別注、というか NITROW ( ナイトロウ ) 別注があったんですよね。

これが発売する全然前にニトロがフォース1をリフレクターで作ろうとしてたみたいで。でも当時のリフレクターではうまく作れなくて、発売されることなくメンバーとかの一部にしか出回ることがなかった幻のモデルを引き継いでいると思うんですけど、やっぱりニトロ = ナイキのイメージが強いですよね


画像引用:Alternate Sneakers

瀬戸

やっぱりセメントパターンがアツいですよね!それこそワンラブの上にあったIDスタジオって、セメントパターンが使えるプレミアムな場所だったんだよなぁ。

ほかにもジョーダンのパロディブランドでマイクってブランドありましたよね? Clientele ( クライアンテール )  ってスニーカーショップのオリジナルで。総セメントパターンのTシャツとかキャップとか作ってるブランド


画像引用:SIX-DEGREES

野田

あった!MIKE (マイク) ね。あったあった 笑

つか、クライアンテールってサラって出してきたけど、ものすごい懐かしいわっ!

瀬戸

ですよね 笑  そんくらいセメントパターンは流行ってましたよね

野田

2002年のジョーダン3がモチーフになった Supreme ( シュプリーム ) の DUNK ( ダンク ) が個人的ピーク。王様同士の初めてのコラボでしかもセメントパターン。ハンパなくカッコよかった

画像引用:FLIGHT CLUB

遠山

フォースワンってさ、ナイキのスニーカーの中でもボリュームがある方じゃない。ソールも厚いし。だからヒップホップのルーズな感じと相性良いよね

野田

キング・オブ・スニーカーですよね。

東京スニーカー史」によると、日本において早くからフォースワン引っ張ってたのってMUROさんなんですって。「キング・オブ・ディギンがキング・オブ・スニーカーを」っていう、ここも王様つながりという出来すぎた話で ( 笑 ) 。ロードフィネスのジャケット見て買い付けたって話なんで、92年〜93年頃。まだSAVEGE! ( サベージ!) じゃなく、STILL DIGGIN’  ( スティルディギン ) でもなく、下北のスターリッチ時代という。

その後はCHAPTER ( チャプター ) と。確かに96年のオープン以降、世界中のフォースワンをズラリ揃えて売りまくっていたイメージがある

瀬戸

やっぱりフォースワンって特別ですよね。それををいじれるって、やっぱその時代を代表する存在なんだよなぁ。ここ最近でいくと OFF-WHITE ( オフホワイト ) とか A COLD WALL ( ア・コールド・ウォール ) とか

野田

そうだよね。でもそういうのができるのは《あんときのストリート》の中心にいた先輩たちのおかげなんだよ。

これも「東京スニーカー史」で読んだんだけど、日商岩井の手を離れ、本国のコントロール化におかれた新生ナイキジャパンの当初は「すべてのアスリートのために」ってことで、雑誌への貸し出し禁止などストリートとは距離をおいていたみたい。AIR MAX95 ( エア・マックス95 ) を中心としたハイテクブームでおかしなことになってたみたいで。でも結果的にそれが98年の大不振につながると。

ナイキとしては有名なアスリートが着用 = 売れるという経験則の中で、そういう判断になったんだろうけど、ファッションという観点では圧倒的にヒロシさんなど《あんときのストリート》の中心にいた先輩たちの方が影響力あるわけで。

その反省を経て一気にストリートとナイキの距離が縮まって、裏ダンクを皮切りにco.jpや各社の別注がはじまっていくと

瀬戸

そうなんですね!確かにそのくらいから別注も一気に増えた気がする。F.C.Real Bristol ( エフシー・レアル・ブリストル ) もその辺のスタートなのか。ナイキとこんなことできちゃうんだって思いましたもん。

このフォースワンは2009年のリリースなんで、そこから10年。この頃はもうストリート後期になるんですかね?

遠山

2009年だと、俺はオーリーにいなくてワープでやってた時なんで結構後期かな。一般的なストリートムーブメントみたいなのはゆっくり下り坂だったような気がする

瀬戸

タイミング的にも今思うと節目な1足なんですかね

遠山

これは盾とかトロフィーに近い感じよね。フォースワンでこういうグループコラボのモデルが出せるってこと自体が栄誉だし。ゴールドだったり、象徴的なセメントパターンだったり、自分たちを象徴しつつも「 やったぜ感 」を感じるというか。

なんか、そういうのもヒップホップらしいっていうか。成功の象徴ともいえる1足なんだろうね

瀬戸

確かに。他の商品に比べて、いいお値段で売ってましたしね

野田

ニトロも復活記念ってことで、振り返るにはちょうどなタイミングですしね。6月20日のライブに「ここぞ!」とばかりにこれ履いていった人いるんだろうな 笑

そういえば新曲の「 LIVE 2019」についてツイートしたらBIGZAM ( ビグザム ) さんがリツイートしてくれて嬉しかったことを最後に付け加えておきます 笑

※ 記憶が頼りでして事実と違うことがあったら、すいません!