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恵比寿系を代表するスワッガーは、ジャパニーズ・ヒップホップブランドの草分け的存在だった

野田

スワッガーは瀬戸だね、ブランドの説明お願い

瀬戸

はい、喜んで!

ヒップホップユニットのシャカゾンビのイグニッションマン( 当時はヒデボウイ )とビッグオーことオースミの2人が1999年に立ち上げたブランドです。はじめはマックダディのヘッドショップであるハイトに置かれていたんですけど、ソッコーで全国区のカリスマブランドに…って感じですね。

2013年に倒産してるんですが、調べたら去年から復活してるみたいなんですよ。メディアなどの露出はまだ多くないので、これからって感じのようですね!

野田

へー、復活したんだね!今回もけっこう出てきたけど、スワッガーはいろんなとこで出てくるよね

遠山

そうね。それくらい一時期の日本全国への広がり方がパンパなかったんだろうね

野田

他にもいっぱいあったけど、瀬戸はなんでこのタグのアイテムに反応したの??

瀬戸

時期ですね。一番《 あんときのストリート 》感があるアイテムってことで選びました。このタグはハイトが恵比寿にできたばかりくらいのやつなんで1999~2000年くらいだと思うんですよ。

シーン自体もちょうど全国的に絶頂を迎える前夜の、一番勢いがあってワクワクしてた頃ですね!

当時は高校生で、あまり情報がないから、オーリー、ワープ、イートマガジンあたりは毎月穴が開くほど見てました!

遠山

オレはもうオーリーにいたけど確かにその頃の勢いは、ちょっと異常なくらいだった

野田

ハイトって最初からそんなに凄かったっけ? エンパイアも取り扱ってたよね?

瀬戸

ですね。ハイトとマックダディについては話し出すと長くなりそうなので今回は割愛しますが、とにかく毎週末はオープン前に行列ができるような状態で。

秋冬の立ち上げの日なんかは整理券ですよ。まぁ絶頂期のノーウェアなんかには敵いませんが (汗)。恵比寿系って言われだしたのも、ハイトとデビロックの人気がすごくなってきて、その後に色んなブランドのお店ができたからだと思います。これはそんな時期のものですね

遠山

このジャケットはそんなことないけど、スワッガーっていうと蛍光色とか立体の幾何学グラフィックのイメージあるよね

画像引用:メルカリ

野田

あるある!蛍光の編み込みベルトよろしく、バランス( ウェアデザイン。 現BAL )とかもそういう感じだったし。バランスは正確には中目だったけどね。2000年か2001年頃はスナップしてても蛍光色を取り入れたコーデが本当に多かった

瀬戸

あとはこのアイテムもそうですけど、ミリタリーモチーフのアイテムですかね。ジャケットとかシュマグとか

遠山

あったあった!

野田

でもシャカゾンビってヒップホップじゃん。なんでバンド界隈のブランドのお店が最初だったんだろうね

瀬戸

当時からなぜかシャカゾンビだけはブラフマンとコラボで曲出したり、結構古くからバンド界隈と近い距離にいたっぽいんですよね。リボルバーが主催のリボルバーフレイバーっていうイベントがあって2000年が初回なんですけど、そのメンツがバックドロップボム、ブラフマン、マスターロウ(ex.スーパー・ステューピッド)っていう。

当時のメロコアバンド界隈では完全なるオールスターラインナップに並ぶ形に、なぜかシャカゾンビがいると。当時のキッズたちは「あ、シャカゾンビってこういうところに並べる人なんだ」ってなったと思います

高柳

でもキリとオースミとかってデックス・ピストルズとかと一緒によく雑誌にも出てなかった?

遠山

出てたよ、ワープの常連だったね。でもそれはもっと後の話かな

瀬戸

ですよね、その時のワープも見てました。あれはあれですごく東京っぽい感じですよね。リボルバーって当時はブラフマンのトシロウのスイシーダ置いてたし、それこそさっきのメンバーを呼ぶような位置のブランドなので元々バンド界隈に明るかったんですかね?

野田

モデルだよね、アラタさんとキリさんは。だから接点ってなると夜遊びかセブンスターズなんじゃない?

リボルバーのロゴとか色んなアートワークってセブンスターズがやってたじゃん。( おもむろにセブンスターズデザインのアートワーク集を取り出す )ほら!

遠山

セブンスターズは、裏原の黎明期から始まり、バンド界隈のアートワークまで、いっぱいやってたよね

瀬戸

うわ、ほんとだ!!BDB、ブラフマン、コークヘッドもココバットも!ってかバウンティーやデビロック、リボルバーのロゴもセブンスターズなんすね!

野田

そう。裏原にしても恵比寿にしても、必ず創世記の裏側にはセブンスターズがいる。それって働いてる側では常識だったりするんだけどガンガン表に出てくることもないので、もっとその功績は評価されるべきなんですよ

瀬戸

でも、当時からその辺にシャカゾンビが来るのって不思議っちゃ不思議だったんですよね。ぼく自身はずっと日本のメロコア、ハードコア、ミクスチャー界隈のカルチャーにずっぽりだったんですけど、そういう人間からすると当時ゴリゴリのヒップホップって畑が違うっていうか、軽い感じでつまみ食いしちゃいけない雰囲気をすげー感じてたんですよね。ほんとはちょっとカッコイイって思って家でこっそり聴いたりするんですけど。

でもシャカゾンビだけはなんかその垣根を軽々と越えて来えてくる感じがあったんですよね。それがなんか不思議で。それでも、シャカゾンビって当時のヒップホップ界隈の中でもかなり本格的なところにいましたよね?

野田

うん。シャカの1stとか文句なしに素晴らしいものだったし、シーンのスタメンだったよね。ブッダと組んた大神とかカッコよかったもんね、それこそ「さんピン」にも出てたし。

90年代を代表するヒップホップのグループとなると、ギドラ、ペイジャー、ライムスター、ブッダ、シャカあたりの名前が上がるよね。そこにスチャダラも入ると思うけど。一方でシャカはバンドシーンとの繋がりが濃くてAIR JAMにも出てたりするから「どっち !?」って思う人もいたってのは少なからずあるのかもね

遠山

多分、それはシャカゾンビ自体がそういう世代だからだと思うよ。あの人たちってたぶん俺の1~2つくらい年上なんだけど、中学時代はパンクとかロック全盛だったのね。宝島、DOLL世代っていうかさ。

それはヒップホップ云々とかが出てくる少し前の時代で、その世代の人たちにとっては思春期に必ず通る道として深いところ刻まれてると思うんだよね。そういうのってどの世代にもあるじゃん

瀬戸

あります!

遠山

そうなのよ。そういうのを持ちながら、その後にヒップホップに傾倒していった、っていう流れがある。だからこそ畑の違うバウンティーハンターとかもカッコよく感じることができるんだろうし、他ジャンルの受け入れ態勢が柔軟なんじゃないかね。

ちなみにスワッガーがブランド立ち上げ直前にオーリーの誌面に登場したきっかけって、コークヘッドヒップスターズのカズキさんからのレコメンドだったのよ。んで、取材前に「サンプルを撮影させてほしいから用意してください」って頼んでたんだけど、持ってきたのがソックスだったっていう (笑)

瀬戸

(笑)。スワッガーのファーストアイテムはソックスだったんですね!?

遠山

たぶんそう。意外すぎてウケたけど、クオリティはめっちゃ良かったよ。あ、ごめん、話が逸れた。

んで、その一方、周りにはもっとストイックにヒップホップをやっている人らもいたわけじゃん。それはそれで入っていくハードルの高さも含めて、当時カッコよかったわけじゃん。シャカゾンビはそことは一線を画すセンスでジャンルレスに動ける感覚が当時の若いやつらにウケて、スワッガーも一気に全国区のストリートブランドになったってことなんじゃないのかな?

それこそ瀬戸みたいな「大きな声では言えないけどヒップホップもカッコイイなって思ってます」みたいな感じのやつとかにもさ

瀬戸

それ、めちゃくちゃありましたね!当時のあのシーンってメロコアもスカコアもハードコアもミクスチャーも一緒に語られてて、バンド系はみんな仲良くて、そのミックス感が東京っぽくてかっこよかったんですよね。

シャカゾンビは初めてそこに入ってきてくれた本気のヒップホップって感じでテンション上がったんですよね。ホンモノきたーみたいな!

遠山

だろうね。シャカゾンビのそういう動きが一番分かりやすかったもんね。でも実はメロコアとかがあそこまで盛り上がる前からも、そういうミクスチャーな動きはあったんだよね。ココバットとガスボーイズとか、その後のコークヘッドとグワシとか。

そのあたりのシーンは早々にファイン ( 雑誌 ) がピックアップしてたんだけど。レッチリとかレイジ、ボディカウントとかハウスオブペイン、サイプレスヒルなんかも盛り上がってくる頃だから、世界的にみてもクロスオーバー的な流れはある種の必然だったんだろうね

野田

確かに、確かに。そう考えるとガスボーイズの今井さんのブランドであるマッドフット!でスワッガーとコラボでダーム1を作ったんですが、シーンのクロスオーバーを体現した先輩後輩による記念すべきコラボだったってことすね。しかもそこには営業でグワシの木津さんがいて、生産管理でボクがお手伝いできたという。感慨深いな〜 (笑)

画像引用:セカイモン

高柳

時期っていう部分だとヒップホップアーティストが手掛けるブランドとしては早かったですよね。当時はスケートやバンドシーンの人は先に洋服を作るようになってたけど、ヒップホップだとインポートのセレクトショップが主流だったんで。その中で盛り上がってる別のシーンの人とくっついて洋服を作るっていうのは新しかったと思いますね

野田

そそ!それこそ96年の「さんピン」のときなんて、まだまだインポート全盛って感じだもんね

瀬戸

なるほど。先輩たちさすがっす…!野田さんなんかだと恵比寿系ってどんなイメージですか?

野田

ボクの場合はずっと裏原界隈が好きだったんで、はたから見てた印象になるんだけど恵比寿系の人たちはマーケティングがうまいイメージがあるかな。広い意味でのストリート系ブランドの下地っていうのは裏原系ブランドが育っていく当時の過程で、ある程度固まってたと思うんだよね。

実際、恵比寿系ブランドが最初にやってた、グラフィック作ってもらう → Tシャツを作る → 売る、みたいなのだって、言ってみれば裏原ブランドでやってたことのトレースではあると思うし。それをやってたセブンスターズだって裏原の黎明期を支えた人たちなわけだし。だから恵比寿系の人たちはその延長線上を走れたから、あれだけのスピードでブームになったんじゃないかな?

それ以降、服のクオリティも一気に高くなったし、テイストも時代に合わせてどんどん変わっていったじゃん?だからキャッチアップがすごい上手いイメージ

遠山

うん。恵比寿系の最終期は、シーン初期の短パン + バンドT + ジェットキャップ + スニーカーのメロコアキッズみたいなスタイルとは全然別物になってたしね

野田

ですよね。恵比寿系のブランドはお客さんの動向を見ながら、すぐに方向転換できるフットワークの軽さがあると思うんですよね。スタイルもガラッと変わるし良くも悪くもクリエイティブに軸を持たない、というか。音楽のテイストすらコロッと変わったりするから、そこが特徴であり裏原系との一番の違いかなって気がします

遠山

言い方は悪いけどミーハーというか、柔軟なのよ。だから変化に対応できる。「そっちの方が今っぽいね」ってなったら切り替えられる

野田

「今っぽい=売れそう」っていう感覚を持ってたんですかね。《あんときのストリート》の終わりの始まりくらいの2005年頃かな。マッドフット!の営業もしてたから取引先のお店に電話するんだけど「売れてるブランドは?」って尋ねると、どこも「スワッガー」って言ってたもん。

一方でオリジネーターだった裏原系はどうだったのかっていうと、ずっと自分たちらしさってものが変わらない、というか変えない。

エイプはアメカジでアイコンは猿や迷彩、ダブルタップスはミリタリーでBDUパンツ、みたいなスタイルと代表アイテムがパッって思い浮かぶのが裏原界隈だとしたら、恵比寿界隈ではボクが知らないだけかもしれないけど、あまり思い浮かなばい。それは常に変わってきたからなんじゃないかな。どっちが良いとか悪いとかの話じゃなくてね。でも、それが最初の世代の裏原系と次世代の恵比寿系の大きな違いなのかなって思うかな

瀬戸

うわぁぁ……。僕、やっぱ恵比寿系っすわ。思春期に必ず通る道として、深いところに刻まれてますね。今感じました!

遠山

いちいちうるせえなぁ (笑)。でも、いいんじゃない?それぞれの世代が持ってる《あんときのストリート》って、結局ほとんどがなんらかのカタチで繋がってるんだから

※ 記憶が頼りでして事実と違うことがあったら、すいません!