公式 LINE アカウントで新着情報配信中!

《あんとき 》のストリートからブレイクを果たした ZOZOTOWN を掘り起こせ!

《 あんときのストリート 》を発掘|MIMIC ( ミミック )
タイトル画像引用:ZOZONEWS

 

瀬戸

今回のテーマは最近リニューアルして話題のZOZOTOWN ( ゾゾタウン ) を振り返ります。ZOZO は現在、ヤフー、PayPay、アスクルなどを傘下に持つZホールディングスの子会社となっており、前澤さんは経営から退いて澤田さんが社長に就いています。最近ではコスメやラグジュアリーブランドを扱うZOZOVILLA  ( ゾゾヴィラ ) もスタートしました

野田

ゾゾヴィラって響きも懐かしいとこだけど、ZOZO を語るには創業者である前澤さんから振り返らないとね。

前澤さんは1993年3月にハードコア・パンクバンドの SWITCH STYLE ( スイッチ・スタイル ) を結成します。ボーカル / ギター は NUMB で行政書士でもある YU-RI さん ( 97年に脱退 ) 。ギターは前澤さんの弟で ZOZO の関連会社を経営している SHUHEI さん。そしてボーカル / ベースの KENZO さんがいて、ドラムに YOU X SUCK こと前澤さんという編成でした

瀬戸

僕はまだ9歳のガキでした (笑)

遠山

1993年といえば、メロコアの夜明け前って感じの時期か。HI-STANDARD ( ハイ・スタンダード ) とその周辺の記事でも触れたよね。

Hi-STANDARD|ハイスタの SOUNDS LIKE SHIT から《あんとき》のバンドシーンを振り返ろう Part.1

クロスオーバー・ミクスチャー・ラウド系の走りの頃でもあるんじゃないかな。イベントなんかでスケートランプも設置されてたり、みたいな

瀬戸

その流れって、ハイスタ系のメロコアシーンとも雰囲気が違いませんか?

遠山

黎明期ってのは何々系とかジャンルやシーンが別れてなくて、文字通りクロスオーバー、要するにごちゃ混ぜだったんじゃないかな。で、それが面白いという

高柳

前澤さんは早稲田実業出身ですが、僕は早稲田中高に通っていたので校舎が道挟んで向かいだったんですよね (笑)

遠山

前澤さんの地元って千葉だよね?

高柳

ですね。

95年だったと思うんですが、早実の友だちがスイッチ・スタイルが参加している 『FAR EAST HARDCORE』 っていうコンピレーションCDを貸してくれたのを覚えてます

瀬戸

そのアルバム持ってました!Devilock ( デビロック ) の遠藤さんの GMF とか、( ミミックの買い付けにいつも参加してくれる ) 四宮さんの同郷の友だちの SMELLING CUNTS も参加してましたよね

遠山

ENVY ( BLIND JUSTICE ) も入ってたんじゃない?

高柳

入ってました! そういえばスイッチ・スタイルは、ヌンチャクとか柏のシーンとはリンクしてたんですかね?

遠山

『 FAR EAST HARDCORE 』 にヌンチャクも参加してたと思うよ。あ、WRENCH ( レンチ ) も入ってる

野田

前澤さんはこれと同時期に輸入盤レコード・CDのカタログ通販を始めてるね

高柳

20歳くらいのときに !? バンドをやりながら会社も創業したってことですか

野田

当時はまだ会社になる前だけどね。シーンが少しずつ盛り上がりを見せてる時期とも重なるよね

遠山

インディーズシーンの中で新しいバンドワールドが始まりつつある時期なんだよね。輸入してたUSハードコアあたりの影響を受けてたんじゃないかな。っていうか、レーベルをやりたかったんじゃないのかな?

野田

98年5月には START TODAY ( スタート・トゥディ ) として法人化するんですよね

瀬戸

スタート・トゥディって、GORILLA BISCUITS ( ゴリラ・ビスケッツ ) の曲名からとってるんでしたよね

遠山

うん、同タイトルのアルバムは名盤だね。その話はデビロックの記事でもしたよね

Devilock|恵比寿系の草分けとして《 あんとき》のメロコアシーンを代表するブランドだったデビロック

高柳

でも今やスタート・トゥディで検索すると、ゴリビスより前澤さんの方が前に出てきちゃう (笑)

瀬戸

会社設立と同じ98年にスイッチ・スタイルもメジャーデビューしていますね

遠山

スイッチ・スタイルってメジャーデビューまでしてたんだ、知らなかった……。98年っていうと、俺がオーリー編集部に入社したのと同じ年だよ

瀬戸
ハイスタがいよいよ猛威を振るい始めたのはこの辺じゃないかと。AIR JAM が始まったのが97年ですし

遠山

そうね。ハイスタはすでにトップだったね

野田

もうシーン絶好調みたいな。ある意味一番面白い時期なんじゃないかな

瀬戸

『 MAKING THE ROAD 』 が99年。ハイスタ全盛期と言っていいと思いますね。もちろんスイッチ・スタイルもこの頃バリバリに活動していました

野田

で、2000年にインターネット上でCD・レコードを販売を開始します

遠山

扱ってた音楽のラインナップが知りたいよね。当時すでに、ディスクユニオンとかCDショップはいくらでもあるわけじゃん。ってことは前澤さんが好きなバンドに絞って輸入してたってことなのかな

高柳

ビジネスが上手い人だから売れるものを厳選してたのかもですね。スイッチ・スタイルの前澤さんがやってるという引きがあったかもしれませんし

野田

都内外れるとその手の音楽と豊富に出会えるレコード屋が少ないので、通販ってのはあったのかもしれませんね

遠山

でもさ、それを知らせる術がなかったはずだよ。ネットが普及してないんだから

瀬戸

僕もスイッチ・スタイルは聴いてましたが、そのサイトは知らなかったです。大人になって知りました

野田

音専誌の広告とかじゃないですかね? なんか事務所の受付にそういう広告だったり、当時出していたフリーペーパーだかカタログのようなものがあったような気が

遠山

何を売ってたのか知りたいねぇ

瀬戸

服を売り始めるのは、どのくらい後のことですか?

野田

いや、洋服もこの年からなんだよ。

CD・レコードをオンラインで販売開始、有限会社から株式会社に変更、そしてZOZOの礎となるアパレルECの EPROZE ( イープローズ ) をスタートと2000年で一気にここまで行く

画像引用:Pintarest

瀬戸

早い!

野田

ここでハードコア界隈の人脈が活きるわけ。00年10月にイープローズがオープンして、初めて扱ったブランドがデビロックだったと思うんだよね。ZOZOにおいてデビロックが特別な扱いされる所以には、そういう出自が関係しているので

遠山

当時、オーリーの巻末にある情報ページでよく紹介したの覚えてるよ

野田

SHOW CASE ( ショーケース ) ですね!

※ オーリーのニュース紹介ページは前方と後方にパートが分かれており、どちらのパートに掲載するかは振り分け担当の独断と偏見で決めていた。当然、前方パートに良いネタが紹介される。話題性の低いネタは巻末にほど近いショーケースというコーナーで掲載されていた。ZOZOの記事は全てショーケースという、そんな時代

高柳

俺もなんとなく覚えてる (笑) 。なんで後ろのページに回されたんですか?

野田

だって、その当時はネットショップって言われても、ねぇ…ってくらい未開拓だし

遠山

通販って、まだバリバリ電話の時代だよ。だから「インターネットで洋服売ってます」 なんて、3秒ジャッジでショーケース行き

瀬戸

「ネット通販なんかダサい」っていう空気だったんですか?

遠山

違うよ。ネット通販が 「良い」 とか 「悪い」 っていう判断すらできないのよ。誰も知らないから。ショーケースの掲載枠が足りない時の穴埋めに使ってたな。毎月ニュース送ってくれるから、めっちゃ便利だった (笑)

高柳

ニュースの内容はサービス紹介ですか?

野田

いや、コラボ商品が多かったように思う

高柳

なるほど。イープローズは、完全にバンドを中心とした界隈の服のブランドを取り扱うセレクトショップだったわけですね。デビロック以外だと、どんなブランドがあったんですかね

野田

いわゆる恵比寿系だね。MACK DADDY ( マックダディー )、SWAGGER ( スワッガー )、EMPIRE ( エンパイア )、ALMIGHTY ( オールマイティー ) とか。

覚えてるのは、ボクが2003年だか2004年に MADFOOT! ( マッドフット!) に転職したときにイープローズに出店しようかって話になったんですよ。というのも当時のZOZOは買取りで、しかもめちゃめちゃ大量に買うらしいって噂が恵比寿系ブランドから入ってきて

遠山

買取り? すごいな。でもネット通販はやりたくないっていう躊躇があったんじゃない?

野田

当然そういう話になりました。当時は地方のお店に卸した商品をネット通販するのも禁止にしてましたし

遠山

ネットに出しちゃうと、昔から付き合いのある地方のお店に面目が立たなくなっちゃうみたいな話もありそうだなぁ。地方のお店って、地元のお客さんで成り立ってるわけじゃない。それがどこにいてもZOZOで買えるし、品数もめっちゃ揃ってるってなったら、さすがに……

野田

でも、地方店が買ってくれる数も減少気味だったので一回やってみたわけです。すると、本当に初回オーダーから地方店の何倍も買い取ってくれる。しかもすぐ売り切れるんです

遠山

すごいね (笑)

野田

マッドフット!ってブランドの立ち位置的に恵比寿系と裏原系の真ん中のような感じで双方と交流があって。でマッドフット!での取り扱い以降、MASTERPIECE ( マスターピース ) や HECTIC ( ヘクティク ) など、徐々に裏原ブランドにも広がっていった印象はあります。そして2004年にイープローズからゾゾタウンに名称変更するんですよね

高柳

その当時って、擬似的な街のような空間が売りでしたよね

野田

そう。CGでできたセレクトショップが集まってる街だったよね。なかでもイープローズが一番の稼ぎ頭で、マックダディー、デビロック、マッドフット!、マスターピースのような 《あんとき》 のストリートブランドが入っていて、初代店長の前原さんが切り盛りしていた。他にも何店舗かあったよね

画像引用:T-DR Ltd.

瀬戸

僕はZYGORD ( ザイゴード ) とかでした。ハードコア系のブランドが集まってた

野田

ハードコア系ショップね (笑)。

他にも ZICUE ( ジキュー )、 ARMTH ( アームス )、DEDUE ( デデュ ) とか。スペルがややこしくて読めないんだよ (笑)

瀬戸

そのうち、セレクトショップだけじゃなくてブランドの直営ショップも出てきて。CG使ったサイトのデザインが凄かったですよね

野田

エイプの遊園地とかね。当時、直営店を開設するのに200万円くらいかかったんだよね

遠山

え、高くね?

野田

店舗のCGを作る代金です (笑)。

建築士っぽい人と打ち合わせして、内装とか外観をオーダーメイドで設計してくれるんです。そして立派なCGができあがるんですけど、使われるのはヘッダーに1、2枚表示されるだけという贅沢仕様 (笑)

遠山

なるほど。要はネットの中のお店を普通のリアルのお店みたいにデザインして建設するんだ。でもそれ、今こそやるべきサービスなんじゃない?VRとかで。当時だとだいぶ早すぎるよね

野田

それでも普通にポンポンお店が増えるいい時代でしたね

高柳

でもZOZOが一気に認知されたのって、その後のUNITED ARROWS ( ユナイテッド・アローズ ) の出店がきっかけですよね

野田

有名な話だよね。でもデビロックやハードコアシーンからZOZOが生まれたという、出自やストリートブランドが支えてきた黎明期を忘れられてしまうのは悲しいよね

高柳

はい。今となってはもう若い人はみんな知らないだろうし。前澤さんはデビロックの遠藤さんをずっとサポートしてますよね。でも前澤さんのルーツを知らないと、なんでデビロックってこんなにZOZOの中で優遇されるんだろうって思ってる人もいるんじゃないでしょうか

瀬戸

当時のシーンで縁のあった人たちはフックアップされてますよね。数年前にスワッガーがワンシーズンだけ復活した時も、REVOLVER ( リボルバー ) が復活した時もZOZOに出品してました。もう前澤さん退任した後なのに義理堅いですね

 

サポートメンバーのネツくん、Kosuke、記事化のためにテキスト協力ありがとう!